犬のご飯本・ハンドメイド服本がメイン。老犬介護本も増加中。犬が登場する小説・絵本なども。
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犬に本を読んであげたことある?
今西 乃子,浜田 一男
講談社
¥ 1,365
(2006-06-21)
表紙がかわいい。
毛むくじゃらな大型犬と金髪の少女が、一緒にのぞき込むようにして、絵本を読んでいる。

で、題名の問いへの答え「いいえ」。
犬に話しかけることは、日常茶飯事。
それも、しょうもないことばかり。(寒いねえ。夕飯なんにしよう。メンドクサイねえ。ちょっとあれどう思う〜怒!)
TVと会話する老人とまったく変わらないアタシですが。
犬に本を読んであげたことは、ない。

そして、疑問に思う。
「そんなことしてなんになる?」
犬は、人にかまってもらいたい動物だ。
だけど、本?
体使う遊びの方がいいんじゃない?

でも、全然違っていた。
犬のために読むんじゃない。
犬は、「聞いてあげる」お仕事をする、読書介助犬なのだ。

知的には問題がないのに、本(文字)がうまく読めない子どもがいる。
家庭環境が劣悪で、学校にまともに通っていない。
落ち着きがなく、教室にいても、学習内容が身に付かない。
母国語が英語でない。(アメリカの話)
こういった子どもは、年齢が進むに連れ、コンプレックスが大きくなっていくから、本を、文字を、学校を避けるようになっていく。

そこで、読書介助犬登場。
「この子(犬)に、本を読んであげて。」
大きな子が、幼児向けの本を読んでも、おかしくない。
だって、犬に読んであげるんだから。
つかえても、しどろもどろでも、犬は、絶対笑わない。
間違いを指摘しない。
イライラしない。
犬がどう思っているか、気にする必要は、まったくない。

聞き手が犬である意味は、大きい。
どんなに許容的態度をとったとしても、相手が人間なら。
子どもは、「聞いてもらっている」という意識がぬぐえない。
まだ字が読めない幼児であれば、「読んであげている」と思えるかもしれないが、この場合は、幼児が、じっと聞いてくれるかどうか。
犬は、顔をじっと見つめて、話を聞いてくれる。
もちろん、本当に理解しているわけではないけど。
でも、「わかってくれるの?」と錯覚させてくれる。
↑のアタシの、くだらない一人しゃべりだって、P太郎は、ちゃんと聞いてくれてる。
で、ちょっと首をかしげて見せたりする。
や〜〜〜ん、アンタだけよ、アタシをわかってくれるのは〜〜!
なんて、ジタバタしちゃったりする経験は、犬飼いなら、きっとあるはずなのだ。

それを訓練されたのが、読書介助犬。

でも、アニマルセラピーは、どれもそうだろうけど。
犬がいるだけじゃダメなのね。
犬の魅力を引き出し、それを人の役にたてるのは、人間の仕事。
この活動も、スーザンという人が、セラピー犬を使った活動をしたいという強い意志を持って、広げていったもの。
冷ややかな反応の周囲を説き伏せ、図書館、学校と、活動の場を広げ、今は、1000もの活動チームがあるらしい。
犬の本というより、この人の生き方に圧倒される本だった。


で。
さっそく読んでみた。


やけに、共感的態度で聞いている。
ひゃ〜〜。生まれながらの読書介助犬か?
と思ったら。
読み終ると、おやつ要求。
全然ダメじゃん。
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イヌネコにしか心を開けない人たち
「加熱するペットブームの背景にあるのは、心のゆとりではなくてむしろ心のすきまなのではないか」
と作者は考察する。
「心のすきま」として、「少子化」「関係欲求」「言葉によるストレス」が挙げられてた。

子どもがいない(手を離れた)から、イヌネコを飼う。
または、イヌネコで充たされてしまっているから、結婚しない・子どもを持たない。

それは、そうかも。
アタシも子どもいないし。
子どものかわりと思って、飼ったわけではない。
でも、泣き叫ぶ乳幼児の2〜3人も抱えていたら、そら、犬どころじゃなかっただろう。
そして、Pを飼い始めたころが、アタシの出産タイムリミット。
Pちゃんがいなくなっても、その心のすきまを埋めるために、これから子ども産むってわけにはいかない。
それなら。
今現在はともかく、今後のアタシは、たしかに、寂しさゆえに犬を飼うかもしれない。

二つめの心のすきま「関係欲求」とは、友達がほしい、人と関わりたい、という気持ちのことらしい。
人は、まったくの孤独には、耐えられない。
でも、「友達」「人」と付き合うのは怖いから、イヌネコと付き合う。
この場合も、イヌネコは、代替品なわけだ。

これは、アタシには、当てはまらないかな。
だって、Pちゃんをきっかけにして、たくさんの人と知り合えたし、友達もできたしね。
道歩いてて、知らない人に話しかけるなんて、あり得ない。(逆ナンかっ?)
でも、犬連れてると、挨拶したり、撫でてもらったり(犬がだよ)、話し込んじゃったり。
そんなことが、ふつ〜になっちゃう。
相手の性別も年齢も関係なし。
Pちゃんは、アタシの「関係欲求」をたっぷりかなえてくれてるよ。
だからといって、そのために、飼っているわけではないけどね。

そして、三つめのすきま「言葉によるストレス」。
「言葉は話さないが、あたかも言葉を一部、理解しているかのように反応してくれるイヌネコが最高のコミュニケーションの相手」。

うわっ。
これは、思い当たってしまった〜〜。
だって、アタシ、ひっきりなしにPちゃんに話しかけてるもんね。
オットにじゃなくて、Pちゃんに向かって。
だって。
オットは、返事するでしょ。
その返事が、アタシの期待していたものじゃなかった場合(たいてい期待はずれ!)。
むかつくじゃん。
で、ケンカになったりするわけよ。
だけど。
Pちゃんは、何も言わないからね。
アタシが、自分で返事も担当しちゃえるわけで。
「うん、うん、アンタもそう思っていたんだね〜〜」ってなもんで。
Pちゃんの態度を、自分にいいように、解釈できるもんなあ。


この本、簡単に読めて、けっこう、うなずけた。
でも、精神科医なんだから、もう少し深い心理分析を期待していたんだけど。
きちんとしたデータや実験に基づいた考察ではなく、身近な事例から推察しているだけ。
ちょっと、根拠が弱いのじゃないかと思われる部分もあった。
とくに、動物愛護の章は、全部ではないけれど、納得しかねる部分あり。
ナマイキな言い方で、スマンね。

*アマゾンへのリンクついでにレビューをのぞいてみたら。
 評判悪いね〜〜。
 そこまでひどいとは、思わなかったけどなあ。
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